ちゃうちゃうマガジン

働く人に向けた雑誌ブログです

ストレス抱えていませんか。一人で仕事はきついです

あなたのコップにはどのくらいストレスの水が入っていますか。まさか表面張力だけで耐えてるとか。。。

もう動かせないですよ。

ひとりでなんでもできる、やろうとするのは間違いです。

わたしなんて。。。とか思っていませんか。思っていたらやめましょう。

人を助けた分、人に助けられることも受け入れるべきです。

よくあるギブギブの話ではないですよ。もう少し日本的な話です。

受け入れられない人は苦しむ

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現代でも古代でも人の助けを借りずに生きていくのは無理です。古典では方丈記がいい例ですね。

古代ならぎりぎりなんとかなったかもしれませんが、かなりきついでしょう。

現代はなにかしらのサービスの提供を受けないと生きていけません。

誰かが作ったものを対価(金)を払うことで受け取っています。

世話にならないと生きていけないのに、それを拒否すると当然苦しみます。

例えば現場仕事

社会全体で考えると助け合いの実感がわきにくいですが、現場仕事に置き換えると分かりやすいです。

30キロの鉄筋の束を「一人でいけますからいいです」といって無理するときついのは当然です。

2人3人でやると苦しさが半分、3分の1になります。

これは電車やバスに金を払って乗るのと同じことです。人に手伝ってもらう場合は金が介在しません。

お金よち厄介な「気持ち」

お金は形として対価が存在します。わかりやすく合理的です。偉大な発明ですね。

しかし、気持ちの受け渡しの場面で金を払うと怒られます。

人付き合いがおっくうにならないでほしいと思います。

気持ちのやり取りが面倒になって遮断してしうと一気に生きにくくなります。

人の気持ちを簡単に受け入れられないし、与えることにも戸惑ってしまいます。

ましてや、助けてなんて言えないですよね。

僕もそう簡単に助けを求められないほうです。

「私なんて」思想の弊害

日本人の美徳としての「謙譲」は古代より受け継がれたいい習慣だと思います。

逆に弊害として、仕事やその他色々な事を人に頼らず自分でやろうとします。「恥」の文化の弊害でもあります。

こういう方って結構いると思うんですよね。

大変じゃないですか?

周りに気軽に人に助けてもらったり、気軽に人を助けてるひとっていませんか。

そんな人は苦しむ事はないと思います。

助けたり、助けられたり、それで一気に楽になりますよ。

孤立気味の人は助けることから始める

積極的に助けることから始めてみるのがいいと思います。

やりすぎると恩着せがましくなるので難しいところです。

助けるって、声掛けとか気遣いとかそういうところではないかと思います。

あとは、自分がされたらうれしいことをってやつですね。

子どものこと道徳で習ったことそのままです。

あれは集団の中で生きる大事なスキルの話だったんですね。

助けてたらそのうち返ってきますよ。いつで助けてもらってるからって感じで。

そうなったら申し出を受け入れましょう。

他人事ではないので僕も実践してみます。

変に相手の心を察しない

相手に迷惑をかけたくない、嫌われたくないという心理があると思います。

客観的に見てみると、助けの申し出を断ることで相手を傷つけているかもしれません。

思い切って申し出たのに。。。って感じですね。

日本の世の中は助けないの精神で成立しています。その循環を止めるのはよくないです。

まとめ

  • 助けてといえない人は苦しみます
  • 気持ちの受け渡しに戸惑うこころを克服する
  • 助けの申し出を断ることで相手を傷つけているかも
  • 助けた分だけ受け入れましょう

日本は組織で成り立っている国です。会社、学校、町内、など。助けないの精神が要となります。

よって、それを拒否するとものすごく生きにくくなります。そういう仕組みになっています。

そもそも、金銭を介して対価を受け取ることで見知らぬ誰かの世話になっています。

世話にならずに、という考え方は成立しません。

金のやりとりが気持ちのやりとりに変わった時に、戸惑いがある方もいると思いますがここは受け入れないと日本の社会そのものから否定されてしまいます。

余計に孤立感を深めてきつくなっていきます。

助けが足りない方は助けることから始めていきましょう。

助けまくっている方は助けの申し出をどんどん受け入れていきましょう。

最終的にはお互い様の世の中です。